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死なないよぉ~

2015/12/15 Tue 13:23

夫が亡くなってすぐの頃、初めての経験ばかり、
手引きを読みながら、いろんな書類集め、手続き、連絡、
 走り回った。

夏前にちょっと段落して夏休みに入ったのが間違いだった。
夏が終わり、秋、冬のガラスのイベント準備が始まって、つい残った手続きを後回しにした。

残った手続き・・・、ややこしいから残っていた訳で・・・
12月半ば、最後のイベントの搬出を終了、今まさに、残った夫関係の仕事に襲われている。

あ~めんどうくさい!!
年内になんとか・・
  う~ん、出来る気がしない。

『ど~して死んじゃったのぉ~?
  私をこんなひどい目に遭わせて、まったくもぉ~!』

夫の写真に呪いの言葉を投げかける。
写真の夫は笑顔のまま、
答えない。

認知症と診断を受けて3~4年経った頃だった。
会話のキャッチボールがそろそろ怪しくなって来た頃、
夕食後夫はソファにごろっと横になってしばらく、うとうとし始めた。

『パパ!まだ寝ないで、起きて。』

生返事はするけれど、夫は目を開けてくれない。

まだ、歯も磨かなくちゃだし、パジャマにも着替えて欲しい。

『お~い、起きてくださぁ~い。』

反応なし。

ちょっとふざけてみた。
ドラマのシーンのように、夫に取りつき揺さぶる。

『死なないで! パパぁ~!死んじゃいやぁ~!!』

すると夫ののんびりした声が聞こえて来た。

『しなないよぉ~、しなない。』



夫が亡くなって半年以上が過ぎた。
彼が家に居ないことには慣れているけれど、
 生活の場面・場面で彼を思う。




<むぎのお父さんはマルチーズなので、放っておくと毛がぼさぼさになる。
  月に一度のトリミング、before after>


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時間をもう少し、

2015/08/30 Sun 11:55

元気になりつつあります。



国民年金の法定免除について、経過を忘れないうちに書こうと思いつつ、
夏休み、行って来ます。

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夫が亡くなって2か月半ほどが経つ。
忘れてしまわないうちに書いておきたいこと、たくさんあるけれど、
座って書くことに集中できないでいる。

体調が悪い、とは言わないけれど良くもない。

『お疲れがでませんように。』
たくさんの方に心配していただいた。

でも疲れているのはどうしようもない。
何をどうしたらこの疲労感から抜けられるのか。
何をするのも億劫でうんと気合いを入れないと動けない。
何でもない日常の家事をするだけでいつの間にか夕方になってしまう。

お疲れが出ないように~~、
   どうしたらいいのか・・わからない



何より嫌なのは、
突然言われのない不安感に襲われること。
暗いマイナスの感情がずんと胸の中に落ちて来る。
でも何故?何が原因なのかわからない。

今までも不安感に襲われることは山ほどあった。
でもそれは、その時その時に理由があって納得の不安&恐怖だった。

そりゃぁ~、
夫に先立たれた未亡人としてはこれからの人生~順風満帆ですっ!!
と、高らかに宣言するつもりはないけれど、
取り敢えずひとつひとつ手続きも進んでいるし、
かつての様に立ちふさがる大きな不安の山はないはず。
今、こうして襲ってくるマイナスの感情の正体がわからない。

これが、もしかして、所謂、う・つ・と言う奴だろうか。

この負の感情は突然襲ってくる。
掃除をしていても、車を運転していても、家族とバカ話しをしていても、
襲われた瞬間、すぐに大きな深呼吸をしてこの負の気持ちを逃す方法を今習得しつつある。
きっともうすぐ、このマイナスの塊を追いやることができるだろう。


mugi1506162.jpg

しばらく『むぎ』とゴロゴロ過ごそうと思う。
そのうち私のことだからじっとして居る事に耐えられなくなるに違いない。

しばし、お時間を。


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夫が亡くなった日、

2015/05/27 Wed 11:41

真夜中の電話、
『○×△病院ですが、○○○さんのお宅ですか。』
『はい。』
『○○○さんの心臓が先ほど止まりました。ご家族が来て頂くことはできますか?』
『はい、すぐ参ります。』
『どの位かかりますか?』
『渋滞が無ければ20分。』
『わかりました、お待ちします。』

 こんな真夜中に渋滞なんかあるわけないじゃん!
 寝ぼけた頭で自分に突っ込んでいた。

電話の音で起きて来た子供たちも状況を察し、すぐに着替え始めた。

当然だけれど、真夜中のバイパスは空いていた。
事故を起こさないようにより慎重に車を走らせた。

昼間は送迎の車でごった返している病院のエントランス。
違う場所のようにシンと静まり返っていた。
正面に車を置き夫の病室へ。

夫は昼間別れたナースステーション横の病室に居た。
まだ機器に繋がれてはいたけれど、表示画面の動きはなかった。
夫の呼気を感じることはできなかったけれど、その頬はまだ暖かかった。

暫くして医師がやって来て時間を告げた。
これが公式に夫の亡くなった時間になるんだなと思った。

『ご遺体を清めますので、暫くあちらでお待ちください。
  その後、お引き取り頂くのですが、互助会には入っておられますか?』

この瞬間から夫を亡くした現実が始まった。

 ~互助会? いえ、入っておりません。

『こちらでご紹介も出来ますが。』

夜中の一時過ぎ、夫と共にこの病院を出なければならない、
朝まで置いてもらえないということがわかった。

  どうすれば・・・、
  頭の中をいろんなものが駆け巡るけれど、巡るばかりでどうすればいいのか思いつかない。


その時、
真夜中だけれど、夫が亡くなったことを施設に知らせなければと思った。
電話をかけるとすぐに聞きなれた事務の職員さんの声が応えてくれた。
夫が亡くなったことを告げるとすぐに相談員さんから連絡を入れると言った。

ほどなく私の携帯が鳴り懐かしい相談員さんの声が聞こえた。
夫が亡くなってどうしたらよいのかわからない、助けを求めた。
彼はいくつかの選択肢を上げた。
私は迷わず施設に帰りたいと言った。

『わかりました。すぐに手配をします。』

迎えを待つ間、
看護師さんから聞かれた。
『死亡診断書ですが、何通必要ですか?一通5000円ですが。』

 ~死亡診断書?何通?
         何に必要なの?~

ちょうど到着した夫の姉に相談してとりあえず2通と答えた。

夫の姉、兄、妹も駆けつけてくれた。
昼間夫が息を吹き返し、ひとまず安心と別れたのはほんの半日前。
何故こんなことになってしまったのか、
真夜中の病院でかわす言葉もなかった。

midnight.jpg

夫が施設の彼の部屋に落ち着いたのは午前3時を過ぎていただろうか。
これからの段取りを考えながら家に戻った頃には夜が明けていた。




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夫の心臓が止まった朝、

2015/05/23 Sat 22:10

月曜日の朝、子供たちを送り出した後、私は実家へ行く準備をしていた。
夫は朝一で病院に連れて行ってもらえるはず、
なんとか痛みを取ってもらえますように☆☆☆
命の心配なんてしていなかった。

あれこれ家事を片づけていると電話が鳴った。
息子から。

『驚かないで聞いてね。
今、○×△病院から電話があって、親父が心停止したらしい。
延命措置をどうするか聞かれたので、とりあえず、お願いしますと言っておいた。』

何を言ってるんだろう、心停止?延命措置?
えっ?誰の話し・・・・・?

言葉は受け止めても、その意味が伝わるまで時間がかかった。
病院に行かなければ、
娘に連絡しすぐに戻るように、
次、父に電話をした。

『ごめんなさい、今日は行けないかもしれない。
食料倉庫を探して、なんとか食いつないで。』

父はもちろん驚いたけれど、こちらは大丈夫だから気にせずに夫の元に駆けつけなさい、と言ってくれた。

夫の姉に電話、
『驚かないで聞いてください。心停止と連絡を受けて今から駆けつけます。
○×△病院です。』

私の弟から電話、
『今おじいちゃんから電話があった。病院はどこ?行きます。』
『ありがとう。お願いします。』
父が弟に知らせてくれたのだ。

ほどなく戻ってきた息子と娘と共に病院へ。

一階のER前、施設の相談員さんが待機して下さっていた。
そしてドアの横にはピッカピカの夫の車椅子・・・、
主の居ない車椅子が置かれていた。

相談員さんから経過を聞いた。
夫は施設から朝一で受診した。
施設からの車の中、夫は眠っているようだった。
病院に着いて皮膚科の待合室、夫の反応が無く、すぐにERへ。
待合室に居る間に夫の心臓が止まったと言う。

状況の説明を聞いているうちにERの中に呼ばれた。
夫を診て下さった医師からの説明。

今、CTを撮っています、ほどなく戻って来るでしょう。
極度の脱水症状を起こしています。
水分不足で血液がドロドロになり血圧が測定できません。
水分を補うために点滴をしますが、結果、腎臓、心臓に負担がかかり耐えられないことも考えられます。
また、血管が細くなっていて、安定的な点滴が出来ません。
鼠蹊部、または首の部分からの点滴も考えています。
心臓がどれだけ持つか、予断を許さない状況です。

たぶんこんな説明だったと思う。
混乱する私の頭の上を医師の言葉が通り過ぎていった。

ストレッチャーが入って来た。
夫だ。
駆け寄ると彼は目を開けていた。
子供たちと声をかける。

夫は大きく目を開いた。
後で、娘はあの時父親が笑っていたと言った。
今、私はその言葉を信じる。

一度止まった心臓が動きだし、夫は息子、娘、妻と会うことができた。
久しぶり家族4人が揃って、夫が笑顔にならないはずがない。

夫はまた検査のために運ばれて行った。
私達は入院の手続きをとるための事務手続きを終え、夫が入院の病棟へ移るのを待った。

そして私の弟が到着した、彼は医師なので、ERで担当した医師と話しをしてくれた。
CTの写真を見て、脳の委縮は相当進んでいるというのが一致した意見だった。
それと、脱水の数値も非常に高く、なかなか見ない数字だと言う事・・・。
難しい状況であること・・・。

しばらくして、夫はナースステーションの隣、重篤な患者用のベッドにひとまず移されて来た。
私達は夫と再開した。
夫の兄弟たちも駆けつけてくれた。
ここで、夫の目が開いたのかどうか、私には記憶がない。
ただ、昨夜に比べて夫の苦しみが少し薄らいでいるように感じた。

夫はどうなるのか。
弟は言った。
皮膚は体を守る大切な部分、これだけのダメージがあるのは厳しい。
血液がドロドロになったことで、また脳に新たなイベントが起こっているかもしれない。
その場合、体に麻痺が出る恐れもある。
ただ、今左右の手の動きを診たところでは麻痺は起こっていないように見える。
経過を見て行かないと・・まだ見通しは立たない。

ナースステーション横の病室には他にも重篤な患者さんが寝ていた。
長居は禁物。
私達は思い思いに夫に声をかけ、退出した。

この時点で、私は夫は命を拾ったと思った。
時間はかかるかもしれない、でももう一度帰って来る。
きっと回復する。

ひとまず、子供たちと家に戻った。

その夜12時過ぎ、家の電話が鳴った。




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