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夫が亡くなる前、

2015/05/20 Wed 09:24

夫が亡くなる一週間前、火曜日の夕方、施設の相談員さんから電話を貰った。

 夫が
~微熱(37度8分)を出しているので、今日、皮膚科の受診をしました~

私はグループ展の搬入を前日に終え、5日後に迫った春一番のイベントの準備に追われているところだった。

37度台の熱・・、夫は夏場に平熱が37度になることも多かった。
元気だった頃は殆ど熱など出したこともなく37度という熱に私は大きな意味を感じなかった。

夫のかかっている皮膚科は近くの総合病院だったけれど、火曜日だけちょっと離れた大学病院から診察に来ている医師が現在の主治医だった。
つまり、夫の主治医は火曜日しか近くの総合病院にやって来ない。
夫は2週間に一度、主治医の診察を受けに私と通っていた。
前の週の火曜日に受診したので、もし何もなければ、次の火曜日が受診予定日だった。
私は予定を夫のために空けていた。

でも、この日、微熱があったために、念のため、夫は施設の看護師さんに付き添われて受診し、血液検査を受け、特に心配するようなことは見つからず、抗生物質を処方されて戻って来た、との報告だった。

私は相談員さんにお礼を言い、夫をよろしくお願いします、と頼んだ。

夫の施設には介護士さんが居て、看護師さん、療法士さん、相談員さん、栄養士さん、たくさんの方が夫を守って下さっている。
実家の両親よりもよっぽど安心な状態、私はそう考えていた。


土曜日、ガラスのイベントを明日に控えた朝、施設の看護師さんから電話をいただいたい。
夫の熱は下がらない。でも高熱でもない。
ただ、本人がとても苦しそうなのと、明日は日曜日で何かあっても病院が休みなので土曜日・今日のうちに受診します。
結果はまた受信後に、

私は再びお礼を言って夫を施設に託した。

土曜日、夕方、受診して血液検査、尿検査をしたけれども特に大きな不安材料は見つからなかった、と連絡を受けた。

私はこの時点で余り心配していなかった。
だって、前の週に行った時、夫は食事を完食していた。
おかずは刻み食だけれど、ご飯は普通のご飯。
この病気は食べられなくなったら覚悟しなければならない。
食べることを忘れてしまったら、体力も失ってしまう。
でも夫はまだ66歳、ちゃんと食べられるだけの力が残っている。
彼には力がある。

日曜日、今年一番の陽気、初夏と言うには暑い一日だった。
野外での手作りアーティストの市は大盛況。
私も沢山の方に私の焼いたガラスを見て頂くことができた。

アート市が終わり夕方、夫の施設に向かう途中、施設からの電話。

 ~夫がとても苦しんでいる、状況を見て貰いたい。~

     ~今向かっています。すぐに参ります。~

自室に横たわる夫は本当に苦しんでいた。
もちろん言葉は出ないけれど、全身で痛みを、苦痛を訴えていた。
その痛みは波のように襲ってくることが何も言わないけれど、伝わって来た。
声をかけても伝わらない、苦しむ夫の姿に為す術もなかった。

ほどなく夫の部屋に来てくれた看護師さんと話した。
痛みの、この苦しみの原因がわからない。
明日、病院へ、とにかくこの痛みを和らげることを最優先に。

翌日、私は実家の父と母を看に行く予定だった。
イベントが重なり、一週間両親の元へも行っていない。
そろそろ食料が尽きる頃。

私は看護師さんに、翌日月曜日に病院に連れて行ってやって下さい。
どんな方法でも、この痛み、苦しみを取り除いてやって下さい。
たとえ、それが彼の命を縮める結果になったとしても。

と、言いながらも私はこれが彼の命に係わる事態なのだと思ってはいなかった。
再び夫を施設に託し、日曜日の夜7時、苦しむ夫を残して家に戻った。


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