若年性アルツハイマーのブログ、ツイッターを書いていると、
家族が、友人が、自分がこの病気ではないかと不安を持った方からのコメントやメールをいただくことがある。
特に今年になってから増えているように思う。

~ こうこう、こんな状態なのだけれど
          若年性アルツハイマーだろうか・・・ ~

私の夫の症状はよぉ~く知っているけれど、これが典型的なものなのか、夫固有のものなのか私にはわからない。
たいていは匿名のお尋ねなので個々にお返事することはできない。
お返事可能な時には夫の場合をお話して、心配だったら専門医に相談するのがいいのでは?とお返事する。

何度も書いたけれど、夫の様子がなんだかおかしいと思い始めた頃、私は若年性認知症という病気があるのを知らなかった。ある日夫の物忘れがまるでTVドラマのアルツハイマーみたいだと思い、「アルツハイマー 若年性」と検索した結果、あまりにもたくさんの記事が上がってきて驚愕した。
それでもまだ、夫が若年性アルツハイマーだとは思えず、受診までにはしばらくかかった。

病院へ行くと必ず聞かれる。
どんな症状ですか?
それはいつ頃からですか?

一番最初に私があれ?っと思ったこと、何だったろうか。

夫が大好きだったPC、周辺機器、オーディオ機器が使えなくなったことからだったと思う。

たぶんあれは診断の下りる丁度2年位前のこと。
友人のPCの不調を直しに行った時だった。
夫は趣味がコンピュータだったので、当時は友人たちのPCをサポートしていた。
夫から私に電話があり、メールの設定方法を聞かれた。
答えがあまりにシンプル過ぎて最初何を求められているのかわからなかった。
帰って来てから夫は単純な勘違いだったと言った。

そして、またある日、夫が新しく買ったDVDの操作ができないことがわかった。
 サッカーはリアルタイムで見なくちゃ。
 DVDに録ったって見る時間なんてないし。

新しい携帯電話、メールの設定ができずに娘にしてもらった。
 こんなちまちまと小さなボタン操作したくないよ。
 メールならPCで充分。
 電話は話せればいいんだ。


そうかもしれない、
けど、夫はコンピューターの達人だった。
マッキントッシュおたくで、ウィンドウズは夫の自作マシン。
当時すでに我が家のPCと周辺機器は無線で繋がっていた。
オーディオ機器、テレビ、電話、電子ピアノ、PCと繋げて楽しんでいた。
機械、機器を操作することが大好きだったはず。

確かにDVDの予約が出来なくても、携帯メールが送れなくてもどってことない。
だけど、何故あの時この小さな「おかしさ」をもう少し追及しなかったんだろう。

「うちのだんなにメールすると、ぽちぽち打つの面倒って、電話で返って来るの。」

「きゃ、うちも、うちも。」
「うちは、携帯持つのすら拒否してる。」

なんて友人たちと会話をしたのを覚えている。
10年前だ。

そう、夫のアルツハイマーは機械の操作ができなくなるところから始まった。


診断を受ける前 | コメント(2) | トラックバック(0)
コメント
夫の場合
nobiさん、ご無沙汰してます。

七年前の夏、毎週土日のどちらか二人で出かける用事ができて
その時間を何度も確認してくるようになりました。今、振り返るとそのころからだと思います。

会社で給与明細をプリントアウトして各自持ち帰るのですが、定年前最後の三、四か月は尻切れのプリント。使い方がわからなくなってたのだと思います。
元々、パソコンは得意ではなくその時はあまり気にしませんでしたが。。。

以前、nobiさんが今の時期をどうぞ大切にしてあげてください。とおっしゃってくださいましたが、その期間はほんとにあっという間でした。昨年はnobiさんが、『排泄介護』に書かれたような日々を送り、いつも神経が休まらない状況でした。
夫が安心パンツに慣れ、水たまりもほとんどなくなりましたが、排尿排便の始末、毎回自分がやるしかないんだと思いながら日々を送っています。

nobiさんもお母様の介護もあり、大変だと思いますが、お互いに倒れる訳にはいきません。充分自分の体を気にかけながらやっていきましょうね。


No title
こんにちは。

人をひとり担ぐというのはほんとに大変なことですね。疲れたからと言って途中で降ろすわけに行かない。時々誰かの肩を借りられるけれど、その間も戻って来る時の準備をして自分の調整をしなくてはなりません。

最近は夫も穏やかで体力的なきつさはありませんが、それでも担う重さが変わったわけでもなく。

おっしゃる通り自分のことをまずは考えながらやっていきましょう。
でも、倒れられない、って結構なプレッシャーですよね。

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