大好き

2011/09/09 Fri 21:49

『お父ちゃま、大好き。』
母がそう言った。

実家の最寄のデパ地下。
私と繋いだ手の反対側には父の手がある。
でも、母は私に向かってそっと言った。
たぶん父には聞こえていない。

その少し前、母と私は父が散髪をしているちょっとの間、デパ地下で時間を過ごしていた。
あまり長く歩くと母が疲れてしまうので、フロアーの隅にあるベンチで腰掛けて父を待った。
父が現れるまで、母と私は、
『あら?お父ちゃまは?』
『今散髪に行ってるから、すぐ迎えにくるからね。』
繰り返していた。

ほんの15分後に父は現れ、私達はデパ地下で美味しいものを求めて歩き始めた。
そんな時、母が私に『お父ちゃま、大好き。』と言った。
父には聞こえない。
でも、母はしごく満足そうな笑顔で私に言う。
父の居ない間、母は不安だった。隣にいる私では心もとなかったのだ。
父が戻ってきて母の不安は吹き飛んだ。私にそれを伝えたかったのだと思う。

『大好き。』
すごくいい言葉だと思った。
母のいろんな気持ちがこの言葉に凝縮されている。

夫をショートステイに預けて、私は実家の母を看に行く。
母は夫と同じ頃認知症の症状を現した。
現在80歳。要介護4.
80歳以上の4人にひとりが認知症、と言われていることを考えると、70代前半の発症はちょっと早かったかなと思う。

母の物忘れが始まり、家事が怪しくなった頃、父はもう80歳近くになっていた。
今、母は家事一切できなくなった。
料理も掃除も洗濯も。
そればかりか、自分の身の回りのこともすべて父に頼っている。
私の知っている父は家事とはまったく無縁な暮らしをしていた。

ほんとうなら、私が父と母の大きな力になるはずだった・・・・・

でも、夫の病気、
思いもかけない若年性認知症
私達家族だけではない。
夫の病気は父と母の生活も変えてしまった。

父と暮らしている母は・・・

父が出来る限りのことをしているのはよくわかっている。
でも、もし、私が側にいたら、きっと、
母の衣食住、彼女の好みのままにサポートできたと思う。
彼女の長年のライフスタイルを維持できたと思う。
でも、


でも、
今の私に出来ることには限りがあって、母を父の手にゆだねる以外には方法がない。



母を思うと、
側に居られたら、きっと、もっと、・・・・
この無念を私はどう・・・
わからない・・・
母への思いはいつも私を苦しめる。


だけど、

『大好き。』

この言葉を聞いてちょっぴり救われた。
父は彼なりに精一杯母を看てくれている。

私からみたら、ぜんぜん、足りない。
私だったら、もっと、もっと、あれもこれも母のために出来ることがある。

でも、母は

父が『大好き。』

なのだ。

今、私の夫は自分から、自分の気持ちを表す言葉を発することはできない。
でも、もし、それができるのなら、
私を見て、

『大好き。』と言ってくれるだろう。
それは信じて疑わない。

 みんなそれぞれの場所がある。

  大好きな、

    場所がある。

大好きな場所に居られることが幸せなのだと思う。





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