認知症

2011/07/07 Thu 10:58

あれはいつ頃だっただろう。
たぶん、夫の診断が下りて半年が過ぎたくらいの頃、

私は中、高、大学とずっと同じ青春を過ごした夫の親友に電話をかけた。

夜、9時過ぎだっただろうか、家を抜け出し夫の親友の携帯を呼び出した。

夫の病気についてはまだ子供たちに話してはいなかった。
私の両親、弟、夫の兄と姉に知らせただけだった。

でもこの夫の親友だけには話さなくては、知ってもらわなければ、そう思った。
夫がまだ元気で、力の残っているうちに彼には夫と会っておいて欲しかった。

私からの電話とわかると、電話の向こうで一瞬、彼の呼吸が止まるのを感じた。

夫の親友の予測は、 当たり。

私は夫が若年性アルツハイマー型認知症と診断されたことを告げた。

夫の親友は絶句した。

そしてしばらくの沈黙の後、

『今、アルツハイマー病発見 100 年記念の会で長谷川先生とお会いして、
 
 今、たった、今、・・別れて来たところなんだよ。』

今度は私が言葉を失う番だった。
なんと言う偶然・・・。

夫の親友は国の仕事をしていた。
ボケ、とか痴呆症と言われていた病気をまとめて『認知症』と呼ぶことにしたのも彼が係わった仕事だったと言った。
認知症の原因解明や介護技術の確立、認知症ケアの質の向上、彼が今まさに取り組んでいる仕事だと。


『この頃、昔の仲間からかかってくる電話は、病院や、病気の問い合わせばっかりなんだよ。お父さんのために病院を探しているとか・・。そんな年頃になったな~って。でもまさか・・・。』


その電話で、彼はすぐに会いに来ることを約束してくれた。
そして間もなくその約束は実現した。

仕事を辞めて家でぶらぶらしていた夫は、親友の誘いに喜んで出かけて行ったのを覚えている。

そろそろ夏の始まる暑い土曜日だった。



友人たち | コメント(3) | トラックバック(0)
コメント
友達に 打ち明けるとき 会社を辞めるとき 本当に難病患者として 生活するとき…タイミングが 難しいです また私自身が その妻として介護人を 納得する瞬間が なかなか 踏み出せないです。

じわじわと きてるのに… nobiさん は どのくらい 時間かかりましたか?

今私は 相棒に乱暴だったり意地悪言ったり いじめてる感じで 辛いです

認めたくないからです
nobiさん 凄いですね
No title
介護者としての覚悟というのは未だできてないかもしれません。
今でも、目の前の現実が信じられなくて、これは夢かもと思う私です。

ただ、実際に病気になった人が目の前に居て、それは紛れも無く私の夫で、置いて逃げ出すわけにも行かない。
夫の側に留まるうちに、少しずつこの状況に慣れてきたというだけかもしれません。

『しょうがない』
この言葉嫌いなんですけど、
そういうことかもしれません。

まだまだ覚悟が出来ずに揺れています。
nobiさんありがとうございます。 やはりみな 認められないまま なんでしょうね…頼りがいのあった人だから 頼れなくなったという不安感が 意地悪な私にしてると思いました。反省します(ρ_;)

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