スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告
ちょっと時間が戻るけれど、5月の一日、木曜会の遠足で氷川丸へ行った。
朝からあいにくの雨、傘をさしてのお出かけはちょっと躊躇われたけれど、午後からは上がるという天気予報を信じて家を出た。

まず、開港資料館を見て、県民ホールの食堂でランチ、そのあと山下公園へ。

NEC_0056.jpg

雨は降り続いていたけれど、おかげで人影が少なく、ゆっくりと公園を散歩することができた。

NEC_0060.jpg

氷川丸に入場する時、私にはいつもの心配事があった。
資料館でも、県民ホールでも多目的トイレには行ったけれど、夫は座っただけ。
家を出る時の「お出かけオシッコ」からすでに3時間が経つ。
雨でちょっと肌寒いし、そろそろなんだけれど・・・・。

氷川丸に入場する時、入り口に立っていた警備員さんに聞いた。
「多目的トイレはありますか?」
「ありません。」
そっけなく、言われた。

まあ、そうだろうな~、船のスペースは限られている。
多目的トイレ用のスペースが確保できないのは納得できる。
幸い今日は人出が少ないので、いざとなったら、女子トイレを占拠しよう。
覚悟を決めて氷川丸に乗り込んだ。

順路に従って進んでいくうちにだんだん夫の動きが怪しくなって来た。
丁度、最上階近くに女子トイレがあったので、そっとドアを開けてみると、誰も居ない!
しめしめと、夫と中に入り個室のドアを開けると、

 なんとぉ~ 和式!!

これはどう介助していいのかわからない。
まずい、氷川丸では夫の用は足せない。

夫の機嫌も悪くなってきたので、とにかく氷川丸を降りることにした。
順路のロープをくぐってまたいで、元来た方へ戻るけれど、出口にたどり着けない。
こんな時にかぎって、係員はみつからず。

夫の重たい手を引っ張って、狭い通路を行ったり来たり。
順路は操舵室。
しかも雨の甲板を通らなくてはならない。
切羽詰っている夫を雨に濡らして、しかも急な階段を登ったり、降りたり。

と、さっきとは別の女子トイレがあった。
ドアを開けると鏡の前で若い女性が数人お化粧直し。
髪振り乱してばぁ~んとドアを開けた私の形相に恐れをなしてか、すぐに出て行ってくれた。
個室をのぞくと、やったぁ~!!

  洋式

夫を座らせて、他の人が入ってこないか、見張り。
早く早くと心の中はあせるけれど、顔は笑顔で夫にプレッシャーを与えないように。

そしてなんとか無事に他メンバーと合流することができた。
やれやれ、階段を降りて油臭い機械室まで来た時に思い出した。

結婚前、夫とここに来たことがある。
今、はっきりと思い出した。

夫は船舶設計の技術者だった。
氷川丸の中を歩きながら、細かい説明をいっぱいしてくれた。

船の限られたスペースの中に船を動かす機械や住居部分、どう折り合って機能的に配分していくかは大切なこと。
船を動かす機関室を設計する人、長い船旅の間、できるだけ快適に人が暮らせる空間をデザインする人。
夫の担う仕事はそれぞれに設計された細かいパーツをトータルにデザインしてひとつの船に仕上げることだと説明してくれた。

そして自分にはその仕事が合っていると思う。
そう、彼は言った。
自分の仕事を語る若い彼を私は好ましいと感じた。
あの時の彼の顔をはっきりと思い返すことができた。
30年近く前、この氷川丸の中だった。
今日夫の手を引いて走り回った、この・・・

  人生ってなんだろね 、





同じ病気の仲間 | コメント(2) | トラックバック(0)
コメント
涙が溢れました
アルツハイマーではありませんが、20年程夫が
精神的病の為振り回されてきました。最近は、物忘れが尋常でなくアルツハイマー様の状態も併発して目が放せません。去りし20年前を思い出して涙が溢れました。
初めまして、
セインさま、

20年、なんと長い歳月でしょう・・・。

夫が診断を受けてから、5年半ほどになります。

セインさんは私が過ごしてきたこの日々よりずっとずっと長い時間をご主人さまに寄り添っていらしたのですね。

20年の間にさぞやたくさんの体験をなさったことでしょう。決して平坦な道のりでなかったであろうとお察し致します。

少しでも穏やかな時間をご主人様と一緒に過ごせますように、お祈り致します。



管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。