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若年性向けデイサービスの存在を知ったのはちょうど一年前。「若年性認知症を知っていますか?」という講演会に家族4人で参加した時だった。
最初は遠方ということで躊躇したが、子供たちのサポートがあって実現したデイサービス通いだった。

通い始めた頃、夫は自分の兄や姉、友人にデイサービスに通い始めた事を話し、
「みなさん、親切なんですよ。」と笑顔で話していた。

初めて娘が送って行った朝は、どの建物かわからない娘に、
「ここだよ。」と手をのばし笑顔で案内したという。


しかし、この冬の始め頃から夫の気が進まないのをなんとなく感じるようになってきた。

それでも、その時々に推測できる原因があって、それを解決すれば来週は大丈夫、となんとかごまかして来た。事実、朝浮かない顔をしていても、迎えに行くと笑顔になっていることが常だった。

しかし1月の終わり息子が送って行った朝、デイサービスまで後50mという所で夫は回れ右、逆走。
息子が後を追いながらデイの職員さんと連絡を取って助けに来てもらいなんとかたどり着くことができた。
結局息子はこの日一日、この駅周りで本を読んで過ごした。なんだか心配で動くことができなかったらしい。夕方そのまま迎えに行ってくれた。帰りにデイの近くの評判のお店に寄って、ケーキを買って元気に帰って来た。

翌週も息子が行くはずだったが、前の週のことを考えて私が送って行った。駅に降りた頃から歩みが遅くなったので、いつもと違う道を歩いた。
デイの建物に入った途端にNHKのでっかいTVカメラを向けられて、夫は何がなんだかわからないまま建物に入って行った。
迎えにいくと玄関脇のベンチに難しい顔をして職員さんと座っていた。一日カメラと取材で疲れてしまったようだ。
デイと駅の間にあるケーキ屋さんに着く頃には表情は和らいでいた。

後に放映された番組を見ると、夫はみんなで朝の打ち合わせをする中ひとり机につっぷしていた。次の場面では硬い顔をして肩をさすってもらっていた。外へ出るシーンでやっといつもの表情になっていた。

その次の週は、朝、駅で同じ大学病院へ通うご夫妻と一緒になり、奥様と私は久しぶりだったので、あれこれマシンガントーク。夫はとぼとぼと後をついてきた。建物には入ったけれど、コートを脱ごうとしない。職員さんが、「今日は原宿へ遠足ですよ♪」とやって来て、中へ連れて行ってくれた。帰りは娘のお迎え。
この日の夫は上機嫌で、娘によれば

「るん♪るん♪と手を繋いで帰って来たの。」

明治神宮でみんなのためにお祈りをした、と言った。
この楽しい余韻が来週まで残るように私も祈った。


そして最後の日。デイに着いてドアを開けると、

「もう辞めようよ。」

はっきりとした言葉で夫は言った。中へ入りコートは脱いだものの、私が帰ろうとすると私の後を追って建物を出ようとした。
職員さんが、「○△さんがお茶を入れてくれてますよ。中で温まりましょう。」と引きとめている間に私は帰ってきた。
背中に夫の気配を感じながら今日で最後にしようと決めた。

家に戻り、子供たちにデイをあきらめることを話した。
ふたりからの同意は得られなかった。この数ヶ月ずっと同じ問答が続いている。


近所のデイでおばあさんたちとまったりお茶を飲んで過ごすのもいい、でも週に一回くらいは電車に乗って外出し、外の刺激を受けるのは進行を遅らせるために役立つだろう。
週に一度くらい、病気と向かいあって欲しい、そんな父の姿を見たい・・・。

若年向けデイでの活動は、若くして難しい病気になった父親が、同じ年代の同じ病気を持つ人たちとシェアできる大切な時間だと子供たちは言う。
特に娘は父親が楽しそうに通う場面しかみていないので、なんとか続けられないの?と、なかなか首を縦に振らなかった。


夕方、早めに迎えに行くとデイサービスのドアには鍵がかかり、ドアが開けられないように折りたたみの車椅子が置いてあった。
夫が外に出ないようにとのバリケード・・。

職員さんに、断念することを伝えた。
「デイサービスに行きたくない」人はたくさん居て、デイサービスの職員の方たちはその扱いに慣れている。

「ご家族の送迎が大変でなければ、こちらは大丈夫ですよ。」と言ってくださった。

デイまでドア to ドアで一時間。
送り迎えが大変ではない、と言えば嘘になるだろう。
しかし、幸か不幸か、子供たちがまだ自由な時間を持っているので、後しばらくは交代で送り迎えを続けられるはずだった。
でも、それは介護する側の都合。

若年性向けデイサービスの活発な活動に夫はついて行けなくなったのだろう。
このデイの特徴である、「当事者さんたちが一緒に自分たちで計画を立てて活動をする。」という趣旨が夫にはもう理解できなくなってしまったのだ。
ひとりひとりにあったケアを考えても貰っている、しかし今までの様子を見ていると、夫は同じ病気の同じ年代の人たちと過ごす事が苦痛になってしまったのだと思う。
無念だけれど、残念だけれど、本人が行きたくなければあきらめるしかない・・・・・。


元気なおじさんがたくさん居る状況が嫌なんだもん。しょうがないじゃない・・。
もうがんばらなくてもいいよ。

帰り道、たくさんケーキを買って帰ってきた。


デイサービス・ショートステイ | コメント(2) | トラックバック(0)
コメント
No title
今日は。
若年デイを諦めるに至った顛末は、とてもよく分かりました。わたしも、お子さん達と同じ気持ちになっていることが度々あります。妻も敏感に感じ取り、それに応えようとして頑張るのですが、自信を失う結果になってしまいます。
妻の現況より、ハードルを高くした自分の願望が出てしまいますね。反省です。
高額介護の払い戻しは知りませんでした。
18年の改正の時に変更になったのでしょうか?自分で請求しなくても自動的に払い戻しをしてくれるのらいいですね。
とても役に立つ情報です。
ありがとうございます。
No title
のんた2号さん、こんにちは。
病気になった父親と子供たちの関係を思うと複雑なものがあります。
どちらの気持ちも大切にと思いますが、時にバランスが崩れます。
難しいです。
高額介護費の払い戻しは一度申請すると、次回からは自動的に振り込まれるようです。
今回は11月分と12月分が送られて来ましたので、この2通を提出します。
2005年10月以前はひと月ごとに申請が必要だったそうです。
我が家は今のところ市民税非課税世帯なので払い戻しが受けられます。子供たちが就職するまでの一時ですね。
デイサービスに通うだけではなかなか通常の上限額37200円は超えないと思います。昼食代などは含まれませんから。
2005年以前は居住費、食費なども負担限度額に含まれていたらしいですが。

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