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iPhone 水没

2013/05/30 Thu 18:29

部屋を出る時、母がテーブルの上に置いたiPhoneを手に取るのが見えた。
一瞬迷ったけれど、タオルをしまって来るくらい大丈夫とそのままにした。
タオル置き場の整理もしてから戻るとiPhoneはミルクティーのカップの上に蓋をするように置かれていた。

  !!!

すぐにiPhoneを手にとると頭のカメラ部分が濡れていた。
カップの中にはミルクティーが半分くらい残っていた。

やってしまった。

父は
『手の届くところに置いたのがいけないね。』と、言いその後に
『僕の奥さんのしたことだから、僕が新しいのを手当てするよ。』と加えた。

もちろん母の手の届くところに大事な物を置いて、しかも母がそれを手に取ったのを知りながら放置した私がいけないに決まっている。
百も千も万も承知。
では、何故すぐに取り上げなかったのか。

私は母が興味を持って手をのばし持ってみた物をすぐに取り上げたくなかったのだ。
認知症の人は何かをしようとして止められることが多い。
そう、病気が進めば、止められることばかり。

ティッシュを取り出そうとして止められる。
引き出しを開けようとして止められる。
ややこしいことをしないでじっと座っていてくれるのが、介護者にとってありがたいこと。
何かを壊されても、汚されても介護者の手間が増えるばかり、どうぞ大人しくしていて、なんにも触らないで。

病気がもう少し進む前、母は私が持って来たバッグや私の洋服にとても興味を持った。
『ちょっとごめんなさいね、』と言いながら、バッグの中をのぞいたり、私の服を着てみたりした。
普段家にない新しいものをちゃんとわかって興味を持ってくれることが私は嬉しかった。
ある時、バッグの中から携帯を取り出した母に、
『あっ、それはだめ、ごめん。』とすぐさま取り上げた。

その時の母の表情が忘れられない。
一瞬時が止まったようなその表情は私に痴呆という言葉を思い出させた。
驚いたような、申し訳なさそうな、そして何が起きたのかわからない困惑の表情。
絶望も混じっていると思う。


前にも書いた。
認知症の人は自分がおかしいことを知っている。
自分が今までの自分と違うことを認知している。
ただ、何がおかしいのか、何が違っているのか自分では分からずいつも不安をかかえている。
そんな時に突然自分が否定されたら、
初期の頃なら怒り出すかもしれない。
でも、病が進むと怒ることもできずに困惑する。
この『困惑の表情』は認知症の人に共通する特有の表情だと私は思っている。

私の夫も母ももちろん全然違う顔立ちだけれど同じ表情をすることがある。
これは同じ病気を患っているからだと思う。
そして、この表情が私はきらいだ。
夫にも母にもこんな顔をさせたくない。

私の携帯は今、電源を切ってシリカゲルの中で乾燥させている。
ミルクティーの汚れは手強い。
本当は一度真水で洗うべきだったんだろう。でも勇気がなかった。
復活しなかったとしても新しいものを手に入れれば済む。

元気な母も夫ももう戻って来ない。



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