ここの所、我が家のPCの動きが怪しい。
解決方法は分かっている。
一度初期化して、マックとウィンドウズの領域の設定をし直せばいい。
面倒だけれど、とりあえず、PCの中身の整理を始めた。
フォルダの整理途中、夫の時々の様子について書いたファイルをみつけた。
主治医宛、ケアマネジャー宛、または新しく通い始めるデイサービスや、ショートステイ宛。
時々の夫の症状、それに伴ってお願いしたいこと、または夫の人となり、等々が書いてある。

2008年の初め、介護認定を受けてすぐ、初めてデイサービスに通い始める時に書いた手紙を読み返してみる。

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2004年10月に軽度認知機能障害と診断を受けました。

□□□□として30年勤めましたが、2005年4月に退職、その後自宅で療養しています。

会社では・・・・略

若い頃の趣味は・・・・略

大学時代は・・・・略


<夫の略歴や彼の人となりが伝わるように当時のエピソードなどを簡単に書いた。職員さんが夫に話しかける時に何かの手がかりになってくれれば、と考えた。>


20年ほど前からはコンピューターが趣味でした。
家には集めたコンピューターやその周辺機器がたくさんあり、一部屋を占領しています。
自作のコンピュータやネットワークを作り、余暇はほとんどコンピュータの前で過ごしました。
病気に気づいたのはそのコンピューターの操作ができなくなったことからでした。
家の中のコンピューターやシステムが壊れても直せなくなり、LAN・ネットワークの設定もできなくなりました。
今では全くさわることもありません。

仕事を辞めた2005年4月当初は家事を手伝ってくれたり、本や新聞を読んでいましたが、それもすぐに難しくなり最近は家に居る時は一日何をするでもなく座っています。

字を読むことはできるようですが、書くことはできません。
自分の名前も2007年の初め頃から書けなくなりました。

食事は前にあるものは食べられますが、いろいろ並んでいると迷ってしまいます。
蕎麦はそばつゆに、天麩羅はてんつゆに、などのルールはごちゃごちゃになります。

着る、脱ぐ、はできますが、どれを着る、脱ぐがわからず、今脱いだものをまた着てしまったり、パジャマの上にジーンズを履いたりします。横に居て、脱ぐものを教え、着るものを渡すという補助をします。

方向、空間の感覚がわるく家の中でも迷子になります。
玄関、トイレ、子供たちの部屋も探してたどり着けないことがあります。
2007年夏頃から外に出ると家に帰れなくなり、ひとりでは外出しなくなりました。

お風呂も浴室の電気をつけて、浴槽のふたを開けて、シャワーを適温に出して浴室まで送らないと、洗面所で服を脱いで手と顔を濡らしただけで出てきてしまいます。

仕事を辞めてから家事を手伝ってくれていましたが、3年経ち、ほとんどできることがなくなりました。
食器洗いは、スポンジと洗剤を使うことを忘れてしまいましたし、洗ったものと洗っていないものが混ざって途中であきらめてしまいます。

洗濯ものを干す仕事も濡れているものと乾いたものの区別がつかず、濡れたままたたんでしまったり、タオルやシャツを重ねて干します。

唯一完璧だった、洗濯物をたたむ仕事も最近では怪しく、Tシャツをたたむのに5分くらい、あれこれ悩んで、挙句、ほうり出すようになりました。

紅茶が大好きだったのですが、お湯の沸かし方、お茶の入れ方を忘れました。
電子レンジを使うこともできなくなり、留守番の時はテーブルにおにぎりとボトルのお茶を置いておきます。

また、みんなが出かけてしまう時はトイレのドアは開け、電気はつけたまま、にしています。
新しい場所ではトイレの場所がわからないと思います。時々声をかけてトイレに連れて行ってやってください。

仕事を正確にこなして行く几帳面な性格を持っています。口数は多くありませんが、決して人嫌いな訳ではなくにぎやかな集団の中にあってにこやかに回りの話を聞くタイプです。仲間のシンクタンクの役目をしていました。

元気な時は家事もよく手伝ってくれて、料理など、たいていの事はできました。家で療養するようになって暫くはいろいろ手伝ってくれましたが、ひとつずつ出来ることがなくなって、今では新聞のチラシを畳むことくらいしかできません。(角をきっちり揃えてきれに畳みます。)

温厚で優しい性格は昔と同じ、変わりません。ゆっくりと、いろいろ話しかけていただければ幸いです。




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読み返してみると、「できません。」「できなくなりました。」のオンパレードだ。
けど、現在の夫と比べてみるとまだ、まだ何でも出来た頃、と思える。
電車にもバスにも乗れたし、お風呂だって自宅で入れた。
ひとりでお留守番も出来た。
安心パンツもいらなかったし、お手伝いをしようと言う気持ちすらあったあの頃。

あれからまた、ずいぶん遠くへ来たもんだ。
まだまだ先は長い、・・・ のだろうか・・。


そう言えば、思い出した。
外出先、携帯に息子から電話がかかって来た。

「湯沸しポットから紅茶と紅茶の葉っぱが出てくる!!」

今となっては騒ぐような出来事ではなかったのだけれど、息子は父のその仕業によっぽど驚いたのだろう。
まだまだ認知症介護の初心者だった。
夫がやかんを空焚きし、ガスを使わなくてもお茶が飲めるようにと湯沸しポットを買って間もない頃の出来事。
なつかしい。



2008年診断後4年 | コメント(0) | トラックバック(0)
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