スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告
『癌だったらよかったのに。』
 ↑ クリックして自分でびっくり。
   拍手が90を超えている。 うむぅ~・・。


前のブログでそう書いた。
我が夫、わが家族を襲った若年性アルツハイマーという病気に関しては、
もしも癌だったら,
良くも悪しくも
もっと違った7年があったろうという気持ちで記事を書いた。

私の母も夫と同じ頃認知症を発症した。
70歳台後半にさしかかった頃だった。
80歳を超えると4人にひとりは認知症と言われることを考えてもちょっと早かったかもしれない。
母の症状は教科書どおりの物忘れから始まり、少しずつ進行して来た。
現在要介護4の認定を受けている。
なんとか今年86歳になった父の介護で暮らしている。
それは、父のがんばりはもちろんだけれど、加えて周りを困らせる周辺症状がないおかげ。
父はお世話係りとしての自分が有能で不安を感じさせないから母は穏やかに暮らせるのだ!!と豪語している。
まあ、それもあるだろう。

では、母について、
認知症でなくて、癌だったらよかったのにと言えるのか。
考える。
病気の始まりの頃はともかく、今、母は父に守られて穏やかに暮らしている。
自分が病気であることはわからない。
『分からない』ということは今の母にとっては幸せなことかもしれないと思う。
会話は成り立たなくても、
『nobi ちゃんはほんとにかわいくてきれい。』と満面の笑顔で言ってくれる母。
そんな母が居てくれることは確実に嬉しく幸せなことだと言える。
すぐに命にかかわる病気でなくてよかったかもしれない。
そして、病気への恐怖を母が感じずに過ごせることは、幸せなのかもしれない。


学生時代の友人に癌が見つかった。
本当に初期の癌で内視鏡手術で即刻取り除くことができたという。
それから3ヶ月、次の検診でまた小さなポリープが見つかった。
切除、そしてまた3ヶ月後にも・・・。

友人は雄雄しく癌に立ち向かっている。
いけないと思われることはすべて断ち、良いといわれることはことごとく試し、
今までの生活習慣も改めた。

友人の気晴らしのために時々一緒にランチしたりお散歩に付き合う。
共に過ごす時間、ずっと私は隣に居る友人の『恐怖』を感じている。
友人の心は『再発への恐れ』に支配されている。
私はそれを感じる。

もちろん、病気の話しをずっとしているわけではない。
美味しいものを食べて、きれいな景色をみて、楽しい話をする。

でも、もう癌を発症する前の友人には戻れない・・・。
今生きている、暮らしている、すべてが病気に繋がってしまうようにみえる。

残念ながら友人のために私が出来ることは少ない。



病はある日突然やって来る。
誰にでもやって来る。
もし、襲い来る病を選べたとしたら・・・?

愚問だ。
病気になりたい人なんていないし
どんな病気だったらいい、なんて言えない。

でも、夫が、母が、
『すぐに命にかかわる病気』でなくてよかったのかもしれない、と
思い始めている。


スポンサーサイト
認知症家族の思い | コメント(2) | トラックバック(0)
 | HOME | Next »

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。