スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

病気と向き合うこと

2009/10/30 Fri 15:16

夫が「アルツハイマー型若年性認知症」と診断を受けてちょうど5年が経つ。

ここの所、若年性認知症向け活動が各地で活発化して来たのを見るにつけ思う。夫の発病が後5年遅かったら、夫はもっと違った闘病生活を送れたのではないだろうか。

去年の秋、夫は初めて地元の若年性認知症の家族の会に参加した。
大学病院の家族の会は、文字通り介護している家族がその心の内を語る為の会なので、夫は参加したことはなかった。

この地元の家族の会で私たちは初めて夫は当事者私は介護者として他の人たちと関わった。
初めてということで自己紹介を求められ、夫は名前だけ、私は簡単に夫のその時の病状について話したと思う。
介護する家族の方たちと情報交換をする間、夫たち当事者はボランティアの方々と時間を過ごした。
昼食のために夫たちと合流した時、私をみつけて夫の顔が輝いた。
夫が言うところの「あまり嬉しくない」時間だったのかなと推測した。
帰り道、『今日はどうだった?また行ってみる?』と問いかけたが、『・・・・。』夫からの返事はなかった。
結局それ以来、私たちはその会に足を運んでいない。


夫が認知症という病気で家族に介護されているということは家の中ではオブラートに包んで暮らしてきた。
出来ない事が増えても、できるだけそっとカバーして、今あなたが失敗したので私がそれをフォローしました、というようなあからさまな状況を避けてきた。
病気に立ち向かう夫、父親を家族が支えるという状況は我が家にはなかった。
それが良かったのか悪かったのか・・。



人はそれぞれ違った性格を持って生まれて来た。生活環境も生活スタイルも違う。
病気は同じでもそれぞれの病気に対する向かい方があると思う。

まだ初期の頃、夫は
「同じ病気の友達はいらない。」
と言った。

夫の性格から、誰かとつらさを分かち合うよりは自分の中にじっと受け入れる方が楽なのだろうかとその時は理解した。

今病気が進んで、好むと好まざるとにかかわらず、夫は病気について自分の思いを語ることができなくなってしまった。自分が病気であるという認識がどれだけ残っているのかも怪しい。

こうなった今、もっと時々に彼の気持ちを引き出してくるべきだったのではないだろうかと今になって思う。
私自身が夫の病気と向き合うことを恐れ、避けてきたのだと思う。

診断を受けてから5年・・・。

未だに「病気にならなかったら・・・」という思いにとらわれてじたばたしている私が居る。

病気とどう向き合うか、夫に選べるわけもなく・・・彼は私についてきた5年間。
もっと違う5年間もあったのだろうか・・・。
あったかもしれない・・。
いまさらな思いにとりつかれている。

_DdSCF0996.jpg

スポンサーサイト
出来なくなった事 | コメント(3) | トラックバック(0)
 | HOME | Next »

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。