遠来の客

2017/01/19 Thu 12:53

お正月6日、朝いつものように実家に着いて間もなく電話が鳴った。
父の古い友人Nと名乗ったその人は、今日これから父を訪ねて行きたいと言う。
突然のことに何と答えてよいかわからず、そばで電話のやり取りを聞いていた父に受話器を渡した。
間もなく父も電話の主を認識出来たようで、N氏が午後訪ねて来ることになった。

父の古い友人、久しぶりの来客、どんな対応をしたらよいのだろう、父にあれこれインタビュー。

父の大阪赴任時代の知り合い、父よりもみっつ、よっつ年下、50~60年近く前に父が就職の世話をした記憶がある、。
父も何故突然やって来るのかはわからない。
現在は大阪に住んでいると思う。(確かに電話の主はこてこての関西弁だった。)
おもてなしはお茶とお菓子ではなくてお酒を出して欲しい。
お客さまは今日、3時にやって来る。

こんなところが父から得られた情報だった。
ひとまず、買い物に出てお酒と肴、簡単な料理の準備をして客人を待った。
その間も父はあれこれ当時のことを思いながらN氏がやって来る訳を探していた。

3時過ぎにやって来たN氏はかなりの高齢と思われたけれど、矍鑠とした紳士であった。
リビングにお通しして会話が始まる。
まずは定石通り、
久しぶりだね、元気だったかな、今はどうしておられる、ご家族は?
お互いの近況を語り合う。

父が尋ねる。
『奥様はどうしておられる?』

N氏、
『早くに家内を失くしましてね、・・・。』

『それは・・大変でしたね、・・』

暫くして、短期記憶の怪しい父がまた『奥さんはお元気かな?』

私が料理やお酒を準備、並べている間に少なくとも父は4回、同じ質問をした。
2度めの時にN氏はちょっと戸惑った様子は見せたけれど、さっきとは違う言い方で奥様が亡くなられたことを伝えた。
3度め、4度目、微妙に言い回しを変え、新たな情報を付け加えて奥様の話しをした。
私はN氏の気遣いを感じた。
父が同じ質問を繰り返していることに気づかないように気遣っているのだと思った。

実は朝、母のヘルパーさんに
父にお客さまが来る!!
どうも父とそんなに変わらない年齢らしい!!
大阪からはるばるやって来るらしい!!
と話すと、『凄い!!それは楽しみですね。』と言いながらも
『大丈夫でしょうか・・。』
来ることは出来ても帰れないお年寄りのトラブルをたくさん見ているヘルパーさんは高齢の来客をちょっと心配していた。
私も、『う~むぅ、確かに・・・』

しかし、87歳というN氏にはそんな心配はいらなかった。
突然の訪問の訳を彼は語った。
毎年受け取っている父からの年賀状が今年来なかった。
(そう、今年父は昨年200通書いた年賀状を一気に60通に減らしている。)
何かあったのではと心配になった。
彼は今引退して毎日ゆっくり暮らしている。
それは昔父が仕事を世話してくれたおかげである。
ずっとそれを伝えたいと思っていた。
それで、今朝新幹線に乗って大阪から父の家にやって来た。

2時間ほど、昔話しをしてN氏は帰って行った。
帰り際、父が『お元気で、』と差し出した手を握って涙ぐんだ。

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夫が若年性アルツハイマーと診断を受けて以来、私達家族の形は大きく変わった。
それは生活の隅々に行きわたり、このブログに綴って来た。
そ中のひとつに友人たちへの不義理がある。

    不義理

夫の病気を理由に、口実にしていろんなことをおろそかにして来た。
自分の中にいろんな思いがあって、元気な友人たちと相対するのが億劫だったんだなと思う。

お正月に訪れた父へのお客様が教えてくれたこと、
私も高齢になって新幹線に飛び乗らなくて済むように、懐かしい友人たちに連絡を取ろうと思う。
まだ、実家通いで時間がままならないけれど、今年は沢山の大切な友人の顔を見に行こう。

そんな今年最初のブログです。
今年も無理せず書いて行けたらと思います。
どうぞ見守って下さい。


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来年もよろしく♪

2016/12/31 Sat 10:43

ばたばたと走り回っているうちに今年も最後の一日になってしまった。
書きたいと思うことはまだまだたくさんあるけれど、時間がない。
今の私の優先順位は両親。

と言っているところに父から電話、
まだ電話をかけられるだけいいかなと思ったりするところまで来ている。

もう少し、ふたりの為に私の時間をささげようと思う。

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来年もどうぞよろしくお願いします。
良いお年を♪

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心は生きている~夫の涙

2016/10/19 Wed 12:19

リビングに座り、ちょっと見上げると夫の遺影が見える。
顎にちょっと手をあてて微笑んでいる。
病気になってからも夫はいろんな場面でとてもいい笑顔をみせてくれた。

そんな夫が涙を見せたことがある。
それも病状がずっと進んで意思の疎通も難しく、食事、排せつ、生活、すべて全介助の状況になってから。
ひと月のうちショートステイとデイサービスを半々に繰り返し、なんとか自宅で暮らしていた。

  当時の病状

そんな時、息子が目指していた試験に合格した。
それは我が家にとって、とてもめでたいことだった。
息子の将来を決める大切な試験、私はひとつ肩の荷を下ろし、大喜びをした。
ショートステイから戻った夫をリビングに引き入れるやいなや、夫に抱きつき

『ぱぱぁ~! 合格したの!!
  N君が試験に受かったのよぉ~♪
   すごいでしょぉ~!!
        よかったぁ~!!』


夫に息子の合格の意味が伝わることは期待していなかった。
ただ、ただ、自分の喜びを夫にぶつけたくて私は夫に抱きついた、
 と言うか、彼の胴体をぎゅっと抱きしめながら自分の喜びを勝手に噛みしめていた。

すると、いつもはでくの坊の様に突っ立っているだけの夫の手がゆっくりと私の背中に当てられた。
そして、ちょっと力が入った。

えっ?・!

夫を見上げると、彼の頬を涙が伝っていた。
夫は笑顔ではなく、神妙な表情をしていた。

『わかるの・・・?
    わかるの?
合格したこと、わかるの?』

夫の首が少し揺れたと思う。
頷いた、と私は思っている。

合格の意味はわからなかったかもしれない。
でも、私がむっちゃくちゃ喜んでいること、嬉しいこと、幸せなこと、
その気持ちを彼は理解したと思う。
彼のこころが 私のこころを 感じ、一緒に喜びの涙を流したと思う。

 認知症になっても心は生きている。

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いっぱい泣いた

2016/09/18 Sun 17:33

2004年10月、夫が若年性アルツハイマー型認知症と診断を受けてから今日まで、いっぱい泣いた。
いろんな場面で涙を流した。
けど、たぶん人前で泣いたことはほとんどない。
泣いたところで何の解決にもならない、人前ではぐっと飲み込んでこらえて来た。
それでも一度だけ、どうしても涙があふれて止められないことがあった。
あれは夫が入所して半年ほど過ぎた頃だったと思う。
夫を訪ねた際に、施設から『ちょっとご相談があります。』と呼ばれた。

夫は若年性アルツハイマー、病気の回復は望めない。
でも、今ある機能、力を出来るだけ維持できるように、病気が進まないようにとケア計画を作って貰っていた。
相談とは、自宅から施設に移って半年、当初の計画通りの形では介護を進められないことが増えている、見直しをしたいとのことだった。

『~~が最近難しく、~~させていただければと思っています。』

『~~が出来ずに~~して行く方向で考えていますが、奥様としては如何でしょうか・・・。』

夫の病状が進んでいることは感じていた。
でもこうしてはっきりとした形で言われると、何と答えてよいのかすぐに言葉がみつからなかった。
そして、自分でも思いがけずに涙があふれだした。
笑顔は作れる、でも涙は止まらない。
突然の涙に自分でも驚いて、兎に角バッグの中のハンカチを探すけれど、こんな時に限ってすぐにみつからない。

見ない振りして来た夫の衰えを突然目の前につきつけられて、狼狽していた。
夫の衰えは確実で、残念ながら否定できない、反論できない・・。
バッグの中をかき混ぜながら、
泣かないで、泣かないで、何の解決にもならない。
自分に言い聞かせたけれど、涙は止められなかった。

夫のために持って来たタオルを使うほど泣いてしまった私、
ケアマネさん、スタッフさん、相談員さん、かわるがわるやって来て慰めて下さった。

夫の診断以来、一番たくさん涙を流した日だったかもしれない。
夫の病気の進行を受け入れた日。





もし家に居たらもう少し力を持続できたかもしれない。
私が頑張れなかったから、それがこの結果・・・
いや、いや、そんな事はない、
もうあれ以上は無理だったじゃない、
仕方のないこと、これは仕方のないこと・・・
これはずっと持ち続ける思い・・・。

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病状の変化と支援

2016/03/22 Tue 15:14

あっと言う間に日が過ぎる。
もう桜の便りが聞かれる季節になった。
そして前回ブログを書いてから早ひと月。

(一月ブログを更新しないとブログのてっぺんに広告が出てしまう。)
ば~ぁん!と出てしまった広告を見るといつも考える。
そろそろブログを閉める時期かな~、
ガラスのページと一緒にしてしまおうかな~、迷う。

夫が健在?の時は書きたいことがたくさんあった。
夫が亡くなった今も忘れてしまわないうちに書いておきたいことはまだザクザクある。
でもPCの前に座ってもなかなかこのページを開くことが出来ない。
かつてのような書きたい!気持ちが薄れてしまったようだ。

国民年金の法定免除についても続きをupしなくちゃと思いつつ。
なんだか記憶も遠のいて、正確にあったことを書ける気がしなくなっていた。

そんな時、久しぶりに若年性アルツハイマーの介護体験をお話しする機会を得た。
みなさん、熱心に聞いて下さった。
現場の方々の熱い気持ちが伝わって来た。

夫の介護は終わったけれど、まださ中の方は沢山おられる。
私の持っている情報がお役に立てることがあるかもしれない。
もう少し、頑張って書いて行こうと思う。

  夫の病状の変化とそれに伴って利用した援助をまとめた資料です。
    何かの参考になればとアップしてみます。

 病状の変化と支援


マルックス

<土佐犬のぬいぐるみと一緒にカドラーに納まるむぎ、ちょっと迷惑そう。>


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