午前1時過ぎに、

2015/04/28 Tue 10:38

今日、夫が亡くなった。
余りに急な展開に心が追い付かない。
あっと言う間の3日間、言葉が見つからない。
言葉を探すと張りつめた気持ちが砕けてしまうので、今は蓋をしっかり閉めている。
まずは目の前にあることとひとつ、ひとつ向き合って行くだけ。

夫は住み慣れた施設の自分の部屋に居る。
施設でお別れ会をして送って貰うことになる。
私が望んだ施設でのお別れ会だけれど、、
こんなに早くやって来るとは。
ただ、ただ、寂しい。

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新しい車椅子

2015/04/16 Thu 10:35

夫の為に新しい車椅子を買った。
勿論、施設の車椅子を使っていても良かったのだけれど・・。
施設にお願いして何台か取り寄せてもらい、試して一台を決めた。
夫専用の車椅子。




理由はいろいろあるけれど、一番は私の自己満足。
夫の為に何か新しい物をゲットしたかったのだと思う。

夫が施設に入り自宅に残った私、息子、娘は『何不自由無く』とは言わないけれど、それなりに暮らしている。
夫が家を離れかなりの時間が自由になった。
夕方4時に家でデイサービスから戻る夫を待たなくてもいいし、ショートステイの予約を考えながら、仕事や、実家の父母を看に行くスケジュールを考えなくても良くなった。
私を、夫を、助けてくれていた子供たちもそれは同じ。

自分たちのスケジュール調整だけで旅行にも行けるようになった。
夫は施設でお留守番。
昔は4人で出かけた場所なのにね。

夫が病気になって封印していた楽しい事、夫が居なくても楽しい事は楽しい。
けど、なんだか後ろめたい。
そんな気持ちをちょっと薄めるために夫の為に大きな買い物をしたかったのだと思う。




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奇跡!!2015

2015/02/18 Wed 10:23

インフルエンザでの『面会ご遠慮ください。』が解けて、ほぼ20日ぶりに夫の部屋へ行った。
午後のお昼寝の時間、夫はベッドで体を休めていた。

『パパ、来たよぉ~。
  久しぶりぃ~~。
    nobiさん、来たよ!!』

夫の目が開いた。
おっ?
これは珍しい。

『ほら、nobiちゃんだよ、来たよ。』

夫の顔を覗き込む。

夫の目は私を捉えてないけれど、表情がゆっくり動いて行く。

えっ?笑おうとしてる?
笑ってる?

『パパ、わかるの?nobiさん、わかるの?』

夫の表情はふわぁ~っと緩んで、泣いてるようにも見えるけど、でもこれは笑ってるに違いない。
大喜びの私は思わず夫の手を取った。

いつもなら冷たい私の手に驚いて手をひっこめたり、顔をしかめたりする夫、
何と!今日はぎゅっと私の手を握りこんだ。
夫の大きな暖かい手に彼の意思を感じた。


前回来た時は反応が薄く、目もずっと閉じたまま。
余りの無反応ぶりに、
『もう、帰っちゃうよ。いいの?』と言ったら、
いいよ。』 と返って来て、
なんてこったい、と笑うしかなく、帰って来たというのに。


『嬉しい?』

うん。』

『そっか、そう言われちゃ、しょうがない。
パパが居ない間にあったこと、話してあげるね、
まず、一番大きなニュースは~・・#&%$’=@~~~・・』

夫の目はずっと開いている。
視線はもうひとつ定まらないけれど、時々は私の顔も見えているのだと思う。

折角目を開いているので、壁の写真を外して夫の目の前に持って来た。

『ほら、これがふぅちゃん、こっちはNくん。見えてる?』

うん。』

『これはお父さま、あなたのお父さん。Y郎さん。わかる?』

今では夫がそっくりになってしまった、彼の父親の写真を示すと、

そう、そう、そう、そう、そう。』

そう言って、夫ははっきりと頷いた。

『わぁ~凄い、もう、これは奇跡というしかないね~。』

と言う訳で2015年最初の奇跡のご報告。
(*^^*)

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火曜日、夫の皮膚科通いが始まった。

朝9時45分発で施設から病院までドライバーさんに送って貰う。
私は9時過ぎを目指して夫の施設へ到着、看護師さんからお医者さまに伝えるべきことを聞いて、夫と一緒に施設の車で病院へ行く。
診察が終わったら電話をして迎えに来て貰う。
処方箋をドライバーさんに渡す、診察記録は看護師さんに。
看護師さんや相談員さんに受診の状況を伝えて夫の所に戻るとお昼ご飯。
お昼ご飯を介助して帰って来る。
これが新しい皮膚科通い、火曜日のパターン。

夫の肌の状態は・・
一進一退。

悪性リンパ腫の疑いもまだ完全に消えた訳ではない。
生研(病変の組織(細胞)を採取して、それを顕微鏡で調べる検査)ではリンパ腫である証拠は何も出ていない。
けれど、血液検査では腫瘍マーカーが平常の4倍の値を示しているので、この数値の変動をみて行かなければならない。

と言う訳で、夫と血液検査室に向かった。
夫の採血は難しい。
私にはよくわからないけれど、血液を採るための血管が無い?らしい。
前回はなんとか手首の所に針を刺して採血したけれど、なかなかガラス管に血液が入って来ず、看護師さんがヤキモキ。
なんでも余り時間をかけて採血した血液は検査に使えなくなってしまうらしい。
ようやく採れた血液が有効かどうか調べるために前回は採取後10分くらい待たされた記憶がある。

今回は看護師さんによると、『産まれたばかりの赤ちゃんと同じ場所で採りますね。』
手首に近い手の甲に針が刺された。
夫は痛みを感じて逃げようとする。
気を逸らそうと私は『数かぞえようか、ひとぉ~つ、ふたぁ~つ・・』夫に声をかける。
けれど刺してちょっとすると、血液が上がって来なくなってしまった。
もう一人の看護師さんが優しく夫の血管をマッサージするけれど、勢いはどんどん落ちて行く。
と、夫が手を動かし、悲しいかな針は抜けてしまった。

『うぅむぅ~・・』
看護師さんは唸り、『もう此処しかないかなぁ・・』と再び針をそぉっと入れる。
他の看護師さんが今度も抜けないように二人がかりで夫を抑える。
私に出来るのは、
夫に話しかけることだけ。

『パパ、あのね、明日はふぅちゃんが来るって。
ふぅちゃんはね、○×△□%#&”・・・』
娘の名前を連呼。次に、
『土曜日にはN君も来るってよ。
N君はね、&!?*;++・・・』
息子の名前も連呼。

すると、ガラス管に血液が入り始めてぎゅっとつぶっていた夫の目が開いた。
子供たちの話しに夫は反応したのだろうか。
あっと言う間にガラス管はいっぱいになり、採血は終了した。
看護師さんたちは、
『やっぱりお子さんたちの話題で元気が出るんですね。よかった。』
と大喜び。

明日娘が来る予定も、息子が週末に来る予定もないけれど、
とりあえず、採血は無事終了。

夫が子供たちの名前に反応して採血が上手く行った?!
小さな奇跡ということにしておこう。


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金曜日、夫の皮膚科の受診に付き添った。
その前の月曜日に総合病院のA医師から飲み薬と塗り薬を処方され、その後の様子を診てもうらう為だった。

その朝、夫は37度前半の微熱、そして肌の状態も月曜日とあまり変化はなかった。

それを受けて、A医師は
今回の処置で改善が見られなかった。
原因がわからないと治療方針が決められない、
よって、明日大学病院に行って検査をして下さい。
紹介状を書きます。
土曜日なので、開いている皮膚科は○×医大です。


私は迷った。
何より、私にとって一年で一番忙しい時期、明日の土曜日の時間を夫に取られてしまうとその後すべてのスケジュールが狂ってしまう・・。
でも、もしこれ以上悪くなってまた入院治療ということになれば、夫はもう寝たきりになってしまうかもしれない。
私は翌日大学病院へ行くことを決めた。

けれど車椅子移動の夫が土曜日に病院へ行くというのは健常者とは訳が違う。
土曜日は施設の運転手さんはお休み、車の手配ができない。
看護師さんの付き添いも難しい。
初めての病院へ私ひとりでこんなに重たい車椅子の夫を連れて行くのは・・・・。
紹介状が出来上がるのを待つ間、付き添って下さった施設の看護師さんとどうしたらいいか相談した。

その時はまだ、金曜日のお昼前だったので、その日の午後のうちに大学病院に受診できないだろうか。
できれば、○×大学病院よりもう少し近い、△□大学病院に。
看護師さんは施設の相談員さんと何度も連絡を取って、両大学病院に金曜日のうちに受診できないか交渉して下さったが、結局どちらも受けてはもらえなかった。

そして土曜日の朝、相談員さんが送り迎えをしてくださることになり、娘が一緒に病院へ行くことで落ち着いた。
やれやれ。

そして、翌日土曜日の朝、たどり着いた大学病院で言われたことは、

紅斑の原因はほとんどの場合わかりません。
重度の患者さんが、この病院へ通うのは大変でしょう。
検査治療は近くのA総合病院でするのが良いと思います。
このB医師が毎週火曜日A総合病院で診察しています。
A総合病院のA医師には手紙を書きましょう。


もちろん、私に異論があるはずはない。
いつものA総合病院は施設から車で5分、毎日のように施設から患者さんが行っている。
夫もお仲間に入れてもらえばいい。
そして、何より、B先生が火曜日担当、ということは
火曜日の受診の次は火曜日。
もう、月曜日に行って、次は金曜日に来てください、と言われることはない

土曜日出勤の相談員さんが迎えに来て下さるのを待つ間、
エントランス横のタリーズで夫と久しぶりにカフェラテを楽しんだ。

遠い大きな大学病院へ来た甲斐があったというものだ。


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