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やっぱり奇跡

2014/05/20 Tue 15:43

特養の面会禁止が解けて、約束通り?一番に電話をいただいた。

ツイートしたけれど、夫はふんわり元気だった。
一月ぶりに私と娘の声を聴いて、
   顔を見て、
何かスペシャルな反応があるかな、と淡い期待を抱いて出かけたけれど、そこに居たのはひと月前に別れたまんまの夫だった。

奇跡は無し。

いつもと同じ。

車椅子を押しながら耳元で名前を呼ぶと『ふむ?』と返事はしてくれる。
歩きながらいろいろ話かけると、やっぱり『ふむ。』とうなづいてくれる。
でも表情に大きな変化はない。
広いリビングから個室に戻って
ココナッツオイルで作ったチョコファッジを口に放り込んで、音楽をかける。
向かい合って座る頃にはかすかぁ~に表情が和らいで・・・、

いつもと同じ。

一月会わずにいても夫は今までと変わらず待っていてくれた。
これは私にとってはひとつの奇跡だと思う。

そして変わらず夫をケアして下さった施設と職員さんたちにも感謝。

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一気になんて進まないよ

2014/02/20 Thu 11:38

夫は施設の広いリビングで穏やかに座っている。
会いに行っても最初は反応がない。
声をかけながら車椅子を押して彼の部屋に戻る。

部屋に落ち着くとまず、娘が作ってくれたココナッツオイルファッジを夫の口に放り込む。
15分か20分すると彼の目が動き出して表情が戻って来る、
                     と私は思っている。
ココナッツオイルとは関係なく、彼の脳の伝達速度では、私を思い出すのにそれくらいの時間が必要なだけかもしれない。
いずれにしても、夫の表情は和らぐ。

そして、CDをかけながらあれこれ娘や息子のこと、家のこと、一方的に話す。

時々、

『ねぇ、パパ、これどうすればいいと思う?』言ってみる。

すると、これも時々、

『それほむにゃ$&#やら@&!!*てふ+&・・・』

と答えてくれる。

最初の頃は、『えっ?なに?もういっぺん言って!』
と迫ったけれど、せんないことを学んだので、

『そっか、なるほど、そうしよう。』と返す。

ゆるぅ~い時間が過ぎて行く。

夫の反応は私一人よりも娘と一緒の方がずっといい。
声も聞かせてくれるし、笑顔も見せてくれる。
娘と私のたわいないおしゃべりがきっと彼にとって心地よいのだろうと思う。

この間は、私と娘が話して笑っているところへ、

 夫が

『$#&‘*+・・』と割り込んで来た。

『え?、パパ何?何て言ったの?何かしゃべってみて、』と娘。

すると、はっきり、

『いいよ。』
と夫の声が聞こえた。

もちろん娘も私も夫の意味の合う言葉におおはしゃぎ。
それを見た夫も大笑顔。


施設に入ると病状が一気に進むとよく言われるけれど、夫にはあまり変化を感じない。
すっかり車椅子生活だし、一人で立つこともできない。
でも、歩けない状態になってしまったから入所せざるえなかった訳なので、この点は仕方ない。

でも、一緒に過ごす時間の反応は変わらない。
もしかしたら彼の中ではまだショートステイ中なのかもしれない。
まだ入所した訳じゃなくて、いずれお家に帰るつもり。
だから、症状が一気に進む、なんてことは無い。

これは、

『夫を送り出す最後の夜、最後の朝』の儀式をスキップしたせいかもしれない。

うん、そう思っておこう。

sagamiono142_20140128223521573.jpg


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背中を押す力(2)

2014/01/29 Wed 09:22

ショートステイに出かける朝、お迎えの車に夫が車椅子ごとリフトで乗り込んだ後、お迎えの職員さんが私に言った。

『奥様・・、これは、・・もう・・無理じゃないでしょうか?』
『・・お家ではどうしてらっしゃるんですか?大変でしょう?』

  !! ・ ・ ・ ・

   『・・無理?・・・・』

なんと言ったらいいんだろう?
衝撃!というようなパワーでもなくて、
目から鱗、というほどはっきりした感じでもなくて・・、



窓ガラスに当たった雨粒がす~っと流れていくような感じ?
うまく言えないけれど、

すごく自然に、
『そうか、無理なんだ。』私は思った。


夫が診断を受けて以来、それはそれはたくさんの人に助けられた。
私を支えてくれる人達はみんな夫が一日でも長く家族と家で暮らせるように知恵を絞り、それを実行してくれた。

私は『がんばらない。をモットーに出来ることを無理なくやって行きます』、なんて口では言ってたけど、
がんばらずに介護なんて出来るわけもなく、出来ないことも無理無理やって来た。
みんなそれを知っていてくれたからこそ、応援してくれた。

私はひとりじゃなくてみんなに支えられてがんばって来た。
まだ大丈夫、みんなそう言って励まし力を貸してくれた。


『無理』

なんて言われたのはきっと初めて。

そうか・・、無理なんだ。

その『無理』と言う言葉が妙に腑に落ちた。

数日後、私は特養の申し込み書をポストに投函した。



sagamiono141.jpg


主たる介護者のあなた、『まだ頑張れる。』そう思うのは勝手だけれど、あなたが頑張れば病気の当事者もその他の周りのみんなも頑張らなくちゃならない。そろそろその事に気づいてもいい頃だと思う。

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背中を押す力 (1)

2014/01/28 Tue 10:29

去年の10月初め、特養の申込書はまだ私の手元にあった。
この頃、夫は階段を登るどころか歩くことさえ難しくなって行った。
ツイートを読み返す。
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2013年10月02日(水)
仕事の帰り道、夫のショートステイ先に寄って来た。送って行った時左に傾いていたけれど、今日はまっすぐ座っていた。でも歩きはまたよちよちのすり足。一喜一憂してもしかたないのはわかってるけど、でも、悲しい。歩いて、歩いて、歩かないとお家に帰れないよ。半ば強制的なお散歩。


ショートステイ先に会いに行くと夫は車椅子に座っていた。
ショックだった。
確かに足元は怪しくなったけれど、私一人の介助でまだ歩ける。
一度車椅子に座ってしまったらもう歩けなくなってしまうんじゃないだろうか。
階段を登るどころか、歩くことさえできなくなってしまう。
夫を立ち上がらせ、支えながら無理やり施設の廊下を歩いた。


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2013年10月03日(木)
『もう無理なんじゃない?』『わかってる。』『奇跡は起きないよ。』『知ってる。』お皿を洗いながら、掃除機をかけながら、洗濯物を干しながら、ガラスを焼きながら、夫と施設の廊下を歩きながら、ずっと自分自身と話してる。


夫が目の前に居なくても、車椅子に座った姿が心から離れず、夫が歩けなくなる恐怖に怯えていた。
夫の足はなかなか前に出なくなった。
足の筋力の衰えというよりは足を繰り出すことを忘れてしまったのかもしれないと感じた。
一歩前へ出れば、2歩、3歩と続く。
でも止まってしまうとまた動かなくなる。
歩かなければ、歩かなければ・・・、気持ちはあせるけれど、夫の足はどんどん衰えて行った。

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2013年10月15日(火)
今朝から気持ちがズンと重いのはお天気のせいだけじゃない。一週間のショートステイから夫が帰って来る。今回は忙しくて顔を見に行けなかった。彼は家の前の階段を登れるだろうか。いや、その前に歩けるだろうか。



この日、夫は両脇を支えられなんとか自分の足で歩いて帰って来た。
階段は登れずほとんど持ち上げられて家にたどり着いた。
この頃から夫は支えなしにひとりで立っていることも出来なくなった。


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2013年10月26日(土)
ショートステイから夫が戻った。介護タクシーを頼み車椅子で階段をなんとかクリア。ケアマネさんも付き添ってくれた。ケアマネさんとこれからの相談をする横で夫の表情は固く動かなかった。リビングに座って15分、少しずつ夫の目に光が戻り呼びかけに応えて笑顔になった。



それでも在宅の時、夫はたくさんの笑顔を見せてくれた。
私と娘の会話に割り込んで、合いの手を入れた。
たまにどんぴしゃのコメントが入り、大喜びの娘と私を見てまた笑った。
まだ行けるかもしれない、もう少し、もう少し在宅で頑張れるかも・・・。


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2013年11月06日(水)
夫は歩けない。デイサービスのお迎えに男性ふたり、絶妙のコンビネーションで階段を担ぎ降ろしてくれた。そして、ケアマネさんが事務所の車椅子を持って駆けつけ夫は無事にデイサービスに出かけていった。朝、8時半のこと。みんなに助けられて今日迄来ることが出来た。でも、決断の時を間違ってはいけない。自分に言い聞かせる。


車椅子の手配をし、階段の上り下りは介護タクシーと契約した。
デイやショートへ出かける時は車椅子、車椅子のまま階段を上り下りさせてもらった。
家の中で歩けない夫の移動はキャスター付きの椅子。
帰って来た時は職員さんに手伝ってもらって、夫を車椅子からキャスター椅子に座らせてもらう。
夜、息子が戻って来るまではずっと椅子の上。
少しずつずり落ちて来る夫を見ながら息子の帰りを待っていた。
息子が戻ってやっと介護ベッドに夫は横たわることができた。

特養への申込書の記入はほとんど終わっていた。
後は希望施設を書き込むだけ。

覚悟を決めてはまた揺らぐ、そんな日々を変えたのはショート先の職員さんの言葉だった。

『奥様、これは無理じゃないですか?』



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去年の夏前、夫の足元が怪しくなったから頃から特養への入所は私にとって先延ばしには出来ない現実問題になった。
夫にとっての終の棲家をみつければならない。
特養の申込書を前に私は悩んだ。
申込書には5箇所の施設名を書くことができる。
さて、何処に?

暑い夏の間、私はたくさんの施設を見学した。
家族の会の先輩や同じ立場の友人たちにもアドバイスを受けた。

先輩方のアドヴァイスの大きなポイントは
・家から近いこと
・看取りをしてくれること

私が迷ったのは
・従来型かユニット型か


結局、夫が受け入れて貰ったのは従来型特別養護老人ホームの個室
家から渋滞がなければ車で20分程のところにある。

・家から・・近くは・・ない。

むしろ、夫がこの4年間で利用した7ヶ所の施設の中でも、見学した施設の中でも一番遠い。
けれど、家から5分で歩ける範囲に施設はなかったし、車で5分の施設もなかった。
一番近くでも車で10分以上かかる。
なので、『家から近いこと』は考えないことにした。

・看取りをしている施設、

最期の最期、私は夫が家に帰って来るのも有りなんじゃないかと思っていた。
病気になって家族と離れて暮らさなくてはならなくなった夫、父親、人生の最後の時くらい、家族と『おはよう』『おやすみなさい』って言える日があったっていい、そう思っていた。
けど、その日がいつやって来るのかわからないけれど、
その日まで私が元気でいる保証は何もない。
実際、介護の仲間を私はすでに二人亡くしている。
そうなった時、負担は娘と息子に行くことになる。
それは避けたい。夫もそう思うに違いない。

また、一度介護を離れた家族が再び自宅で最期の看取りをするのは現実難しい、と見学に行った施設の相談員さんたちは口を揃えて言った。
介護と看取りではまた違った厳しさがあると。

この2年ほど、夫は月の前半と後半に分けて2箇所の施設のショートステイを利用して来た。
いずれはどちらかの施設にお世話になれればと考えていたのだけれど、ひとつの施設は看取りをしていないことが実際の入所を考えて初めてわかり、本入所のリストから外すことにした。

・ユニット型か、従来型か、

やっぱり最期まで迷った。   
夫にはどちらでも大差無いかもしれないけれど、会いに行く家族にとって小さくてもやはり限られた空間が欲しいと言うのが私の結論。

こうして特養申し込みリストを作るにあたっての大筋を決めたのが去年の10月だった。

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